国際法序説


条約法に関するウィーン条約(抜粋) 採択1969年5月13日 発効1980年1月27日

第2条 (用語)

(a) 「条約」とは、国の間において文書の形式により締結され、国際法によって規律される国際的な合意(単一の文書によるものであるか、関連するに以上の文書によるものであるかを問わず、また、名称のいかんを問わない)をいう。

第26条 (「合意は守られなければならない」)

効力を有する全ての条約は、当事国を拘束し、当事国は、これらの条約を誠実に履行しなければならない。

第27条 (国内法と条約の遵守)

当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない。(略)


国際法とは

 国際法の起源は、ローマ法の「万民法」概念に遡ることができる。最も古い用語としては「諸民族の法」といわれるが、それに代わり18世紀から「国際法」という語が使われるようになる。国際法とは国家間の相互関係を規律する法であるといえる。19世紀から20世紀には、国際法主体たりえるのは国家のみであるとされていたが、時代の変容と共に、国家以外にも国際機関や、限定的ではあるが反乱政府・非政府団体・多国籍企業・個人などにも国際法人格や一定の国際法上の権利が付与されている。

国際法の歴史

 近代国際法は、ウェストファリア条約(1648年)締結後の時期のヨーロッパに出現したとされる。カトリック教諸国と新教徒諸国の30年に及ぶ宗教戦争を終結させたウェストファリア条約は、新教徒国の承認と、国家は教会から独立しているという事実が承認された。神聖ローマ帝国は崩壊し、教会権力の衰退が加速し、「優位するいかなる権威も認めない多数の独立国を基礎とする国際制度の誕生」であるといわれる。

 近代国際法の創始者は自然法学者であるフーゴ・グロチウス(1583−1645年)であるとされている。自然法は、あらゆる法(国内法及び国際法)の基本原則を、人間の選択や決定に由来するのではなく、普遍的な妥当性を持ち、純粋理性により発見される正義に由来する(法は発見されるのであって作られるのではない)ものであるとする。これは、現代法制度が決して受け入れることのできないものであるが、16−17世紀には、封建制度の崩壊などの状況下で、普遍的なものとして受け入れられたのである。

 グロチウスの死後、人々は、法の大部分が実定法(人が定立したもの)であり、法と正義は同一ではなく、時代や場所ごとに異なりうることが議論され始め、実証主義へと移行する。国際法に適用される場合には、実証主義は、国家実行が基礎となると考えられる。

 そして、国際法学者エメール・ヴァッテル(1714−67年)は自然主義と実証主義を結合させ、国が自然法から引き出す固有の権利を強調した。しかし、「自然法が課す義務を実定法の一部として取り扱うことに明示的に合意しない限り、国は、自らの良心に対してのみ責任を負う」と述べ、現在までも有害な影響を与えたとされる。

 国際法制度は、1648−1918年の伝統的国際法制度と1919年からの第一次世界大戦以後の現代的国際法制度に分けることができる。さらに、後者の現代的国際法制度の発達は、国際連合創設を含む第一次世界大戦後から第二次世界大戦まで(1919−45年)、国際連合の設立から非植民地化まで(1945−60年)、冷戦と第三世界の台頭(1960−89年)そして冷戦終結後(1989年以降)に分けられる。

伝統的国際法制度

 第一次世界大戦までの伝統的国際法制度では、多くの基本的国際法規則及び原則(領域主権原則、公海自由の原則、国家免除に関する法、外交及び領事関係法、条約法、外交的保護に関する規則、中立に関する規則など)がこの時期に出現したとされている。この時代は無制限な武力行使の権利が認められていた。そのため、紛争の平和的解決の基礎が発展してきても、それは二国間条約や二次的政治利益に関係するに限られていた。また、奴隷貿易の禁止、戦争法の人道化、初期形式の国際機構の設立などの法的成果を生んだとされる。

第一次世界大戦後から第二次世界大戦まで

 第一次世界大戦後、国際連盟が創設され、その最も重要な目的は武力行使制限であった。さらに、軍縮や秘密条約を廃止するための公開外交の促進に努め、また、委任統治制度も行われていた。1921年には常設国際司法裁判所が設置され、後の国際司法裁判所へとつながる。しかし、国際連盟の失敗により、第二次世界大戦へと進んでしまう。

国際連合の設立から冷戦終結まで

 第二次世界大戦後、国際連合が設立され、武力行使の一般的禁止と集団的安全保障を制度化した。戦後処理として、ナチスなどの残虐行為に対する戦争犯罪を裁くために設置されたニュルンベルク裁判と東京裁判では、国際法上の個人責任を認定した。また、個人の権利および民族自決権が認められるようになり、多くの国が独立していった。非植民地化のプロセスは1960年の国連総会による「植民地諸国、諸人民に対する独立付与に関する宣言 」の採択後の1960年代に完了する。

 この時期、米ソの二極対立の中、アフリカ・アジア・ラテンアメリカの第三世界諸国は国連総会などの場で、数の利を利用した要求をするようになった。第三世界諸国は開発途上国であり、貧しく、自国経済を発展させることに懸命であり、ほとんどの国が新国家の利益に反する国際法上の規則に関して、国がその創造に関与しなかった規則には拘束されないと主張したのである。

冷戦終結後

 米ソの冷戦の終結により、勢力均衡や代理戦争の時代から国際地域紛争の顕在化や、テロ問題の時代に進む。新しい形の紛争が顕在化する中、米ソの共同核削減や環境および開発にも関心が高まる。また、人道に対する罪や戦争犯罪に対する刑事分野での国際法の発展も進んでいる。

国際法の位置づけ

国際法の性質

 国際法の形式としては、条約(成文法)及び慣習法(不文法)の形態をとる。これらは、明示的か黙示的かを問わず、締約国間の合意に基づき、その内容に拘束されることを定めたものである。合意に基づく点において、国際法は契約に似ており、「規律する法」という言葉は厳密には不適切である。それは、国内法のような司法的強制力が欠如しているということからも主張される。国際法は、規範的強制力を伴わない。国際法を解釈するのは、基本的に当事国である国家自身であり、そのために、国家間紛争は、国際法の解釈の相違によることもしばしばである。しかし、国際法がまったく無意味というわけではない。国際法制度の枠組みは、「世界的相互依存の増大及び相互主義」に基づく国家間の合理的規制のために主張され、国際法は各国の国益のために増大してきたのである。さらに、マスメディアの注目を集めるような国際法違反の事例は例外的であり、強制力を伴わなくとも、大多数の国家は拘束されることに合意した大部分の国際法義務を遵守しているのである。

国際法と国内法の関係

 国家は、国際義務を誠実に履行することが求められる。しかし、その国際法の義務の履行方法、国際法をいかに国内法へ編入するかは、各国の国内管轄権に委ねられているのである。国際法と国内法の関係に関しては、「二元論」と「一元論」という二つの基本学説が存在する。

二元論
この理論は、国際法と国内法は相互に独立して存在する二つの別個の法制度であると考える。そのため、ある国際法の締約国となることが決まった場合には、それと同内容の国内法を制定する必要がある。
一元論
この理論は、「法」を一元的に認識し、国際法と国内法の双方が同一法秩序の一部を構成すると考える。そのため、国際法は自動執行力を有していて、国際法の締約国となると、別途、国内法を制定することなく、国内裁判で適用可能となる。

 国際法は、その当事国が拘束されることに合意しているものであるから、他の当事国に対して負う国際法の義務違反は、国内法を根拠として正当化することはできない。そこで問題となるのは、国内法と国際法が抵触した場合の問題である。最も徹底した一元論的アプローチの学説であるケンゼルの理論によれば、すべての国際法規は国内法に優位し、国際法に反する国内法は無効であるとされるが、大多数の国は国際法が自国法に優位することを認めていない。例えば、日本国においては、憲法・条約・法律の順番に優位性が付けられているのである。

 ここから明白なのは、国内法が時には国際法規を正確に反映していないことがありうるということであるのだが、このことは、必ずしも国際法に違反しているということを意味しない。国内法規が国際法違反を引き起こしかねない場合でさえ、国際法違反を構成するのは法規の適用であって、単に法規が存在することではない。そのため、行政府が国際法違反を発生させないようにその法規を実施するのであれば、国際法違反は生じないのである。

国際公法と国際私法

 ここで述べられる国際法はすべて国際公法に属する。

 国際私法というのはあくまでも国内法上の手続きに関する規則である。具体的には、国際私法というのは、国際結婚や国際取引などのように国際的に法律行為が行われたときや、他国で行われた行為に対してその国以外で訴追される場合のように、いかなる法規を適用して判決を下すかということを規定した法規であるといえる。

 それゆえ、国際私法の規則は国際公法の一部を構成するものではなく、また国際公法の規則も国際私法の一部を構成するものでもないのである。しかしながら、注意しなければならないのは、国々の国際私法規則を統一する条約を作成することはよくあることである。その場合には、国際私法の内容が国際公法によって規律されることになる。

 

参考文献

history of update
ver.1.10/2004.01.10 added table of contents.
ver.1.00/2003.10.16 opened to the public.


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