国際刑事裁判所

はじめに

 第二次世界大戦以後、個人は、世界人権人権宣言や国際人権規約、その他個別条約に見られるような権利を享受するという点において、受動的な国際法主体となりうるようになってきた。その中で、個人の負う義務とは何であろうか?

 現代においてのグローバル化の過程において、負の側面として「犯罪の国際化」が進んできており、一国の規制や取締りだけでは、十分に予防できない時代となってきている。そのため、国際的な予防システムが必要とされ、条約により広い管轄権を認めた国際犯罪というものを定義するに至った。つまり、個人の国際法上の義務となるのは、それらに規定される国際法上禁止されている行為(国際犯罪)を行わない義務といえる。具体的にどのような行為を犯さない義務といえるのか?

ICCの犯罪対象

 1998年に、ICC規定が採択され、発効には60カ国の批准が必要であった。採択当時、発効には数十年かかるだろうといわれていたが、NGOなどの活躍により、2002年7月に発効された。ICCという国際法廷では、国際法の名のもとに、個人の国際犯罪が裁かれる。これは画期的なものであり、終戦後に期待された、ニュルンベルク原則 [1] の法典化の延長線上にあるものである。ICCが採択されるに至った経緯には、安保理が設立したアドホックな旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)やルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)の成功があり、その判例も参考に検討する。

ジェノサイド罪(ICC規定第6条)

 国民的、民族的、人種的又は宗教的な集団の全部又は一部を集団それ自体として破壊する意図を持って行われる行為で、具体的には(a)集団の構成員を殺すこと、(b)集団の行為成員に重大な肉体的精神的な危害を加えること(c)全部又は一部の身体的破壊をもたらす要因とされた生活条件を故意に集団に科すこと、(d)集団内の出生を妨げることを意図する措置を科すこと、及び(e)集団の子供を他の集団に強制的に移すことである(ジェノサイド条約第2条)。

 ジェノサイドは普通「集団虐殺」と訳され、単なる「大量虐殺」とは区別される。ICC規定でのジェノサイドの定義はジェノサイド条約(1948)の定義を受け継いだ。主観的な「意図」の証明及び認定の困難さが、長年、ジェノサイド罪の訴追及び処罰の障害として指摘されていたが、ICTRはアカイェス事件において、行為の規模、性質、計画性、組織性、及び特定の集団以外を犯罪対象から排除している事実などを客観的事実から類推されうることとした。

人道に対する罪(ICC規定第7条)

 文民たる住民に対し向けられて広範または組織的な攻撃の一部として、攻撃であることを了知して行われる殺人、殲滅、奴隷、拷問、強姦、迫害、アパルトヘイト、強制失踪などの11の行為である(ICC規定第7条1項)。2項では、「文民たる住民に対して行われる攻撃」「殲滅」「奴隷の状態に置くこと」「住民の国外追放又は強制移送」「拷問」「強制妊娠」「迫害」「アパルトヘイト」「強制失踪」についての定義がなされている。

 人道に対する罪は国際軍事裁判所とその後のアドホックな国際裁判所及び国内裁判所で処罰対象とされており、すでに慣習法化したものとされてきたが、これを規定する条約は存在しなかった。ICTY規定では、武力紛争(国際的な性質のものであるかないかを問わず)を構成要件とされたが、ICC規定においては武力紛争の存在を構成要件とせず、武力紛争の存在と人道に対する罪とを切り離すものとされた。ICC規定に定義されるものの他に、アカイェス事件(ICTR)、ムサマ事件(ICTY)では「強姦」を、強制的な条件下で人に対して行われた性的性質の体の侵襲としている。

戦争犯罪(ICC規定第8条)

ジュネーブ諸条約(1949)の重大な違反行為、国際的武力紛争に適用されるほう及び慣習上の他の重大な侵害、ジュネーブ諸条約共通3条項の重大な侵害、非国際的武力紛争に適用されるほう及び慣習上の他の重大な侵害と区別され、詳細に規定される。

 ジェノサイド罪、人道に対する罪が、目的、特別の故意を要件として据えているのに対し、戦争犯罪はそのような特別の故意ないし目的の要件を必要とされない。そのため、「広範又は組織的」であることを要件とする人道に対する罪のセーフティーネットの機能を果たすこともできると考えられている。

侵略の罪

 侵略が国家による国際犯罪であるということ自体は、一般慣習国際法として確立しているといえる。それは、第二次世界大戦後の国際軍事法廷において侵略戦争を「平和に対する罪」として、訴追、処罰し、また、国連憲章第2条4項において、国際関係での武力行使と武力による威嚇を原則として全て禁止していること、さらに、第39条において、安全保障理事会が強制行動をとることができるということ、からも確認される。しかし、個人が、国家機関として決定した後に侵略が行われるのであり、個人に侵略行為の刑事責任を問う制度ができない限り、国家の侵略を阻止することができないといえ、問題にされるようになってきた。

 ICC規定を採択したローマ会議においては、侵略の罪を対象犯罪の一つとすること自体は決めたが、その構成要件の定義に一致することができなかった [2] 。そのため、問題はICC規定発効の7年後に行われる再検討会議まで先送りされたのである。

ICCの対象から除外された犯罪

 ICC規定の草案においては、コアクライムたる上記の犯罪の他に、条約上の犯罪も対象犯罪とされていた。条約上の犯罪とは海賊行為や奴隷取引、麻薬取引、ハイジャック、国際テロ行為などのように条約で違反とされている行為である。これらの犯罪で条約上の規定に共通するのは、一定の条件に従って複数国に管轄権を認めると共に、普遍的管轄権を認めている点にある。普遍的管轄権とは、条約の締約国はその犯罪が国外で行われたものであったとしても、領域内に犯人がいる場合には、その者を拘束し、訴追するか他の管轄権保有国に引き渡すかする義務を負わせたものである。そうすることによって、犯人が逃れるすべを狭めようとする意図がある。しかし、本規定からは対象犯罪から除外され、条約上の犯罪は、従来通り、国際法廷ではなく国内裁判所で、殺人などの各容疑で処罰されることとなる。

ICCの原則

刑事総則規定

 ICC規定の特徴として「刑法の一般原則」という部を設け、第22〜33条に刑事総則規定を設けている。法なければ犯罪なし、法なければ刑罰なしとして「罪刑法定主義」、及び裁判所は発効後の犯罪に対してのみ管轄権を有する「不遡及の原則」を採っている。その他に「裁判所は自然人に対してのみ管轄権を有する」「18歳未満のものに対する管轄権の除外」「公的資格者を理由として刑事免責の除外」「上官の部下に対する責任」「時効の不適用」「上官命令であったことによる免責の不可」及び「責任能力なしによる刑事免責」が規定されている。

 国際軍事法廷で問題とされていた「罪刑法定主義」「不遡及の原則」を明示的に規定し、また、ニュルンベルク原則などが取り入れられている。

補完性の原則

 国際刑事裁判所は、その裁判権を行使するに当たっては、条約当事国の主権や国内裁判所における刑事裁判所の行使との調整が必要となる。規定の前文と第1条で、ICCは各国の刑事管轄権を補完するものであると確認されている。「補完性の原則」は被告人の処罰を第一次的には当事国の国内裁判所にゆだねるものとし、安保理や締約国がICCに付託する場合、ICCの捜査官が自ら捜査し付託する場合、国内裁判所による刑事裁判権の行使が不可能若しくは行使しようとしない場合、及び被疑者を保護する目的で手続きや裁判を行っている場合にのみ、国際刑事裁判所は裁判管轄権を持つものとされる。従って、現に捜査又は訴追を行っている場合、既に不起訴処分である場合、あるいは既に裁判されており、国際的一事不再理の原則の適用がある場合などは、管轄権を持たないといえる。

被疑者及び被告人の権利

 たとえ、犯罪者であったとしても守られるべき権利がある。ICC規定は自由権規約やヨーロッパ人権規約、米州人権規約などを考慮に入れ、被疑者及び被告人の権利保障にも十分な意を払っている。

 ICC規定55条は被疑者の権利として、自己不在拒否特権、拷問又は残虐な取り扱い及び判決前の刑罰を受けない権利、無料で通訳及び翻訳を受ける権利、恣意的に身柄を拘束されない権利を保障している。また、取調べの対象となった被疑者の権利として、取調べに先立って罪を犯したと信じるにたる合理的な根拠があることを告知される権利、有罪無罪の決定において考慮されることなく黙秘する権利、弁護人を選任する権利、正義の要請から要求され被疑者が十分な素質を持たない場合に無償で弁護人の選任を受ける権利、取調べに弁護人の立会いを受ける権利を保障すると共に取り調べに先立ってそれが告知されなければならないとしている。

 67条では、被告人には公開かつ公平な審理を受けるための必要最低限の保証を受ける権利があり、そのために、理解しうる言語で起訴事実の性質、理由及び内容の詳細を速やかに告知される権利、防御のための十分な時間と便宜を与えられる権利、弁護人と秘密に連絡する権利、不当な遅延なく審理される権利、心理に出席し自ら又は弁護人を通じて防御する権利、証人を尋問喚問すること及び証拠を提出する権利、無償で通訳及び翻訳を受ける権利、証言又は自白を強制されないこと及び有罪又は無罪の決定において考慮されることなく黙秘する権利、防御のために先制して証言すること又は陳述書を作成する権利、立証責任を負担させられない権利などが上げられている。

ICC規定の反対及び棄権国の意見

 ローマ会議において、ICC規定は賛成120という圧倒的多数によって採択されたが、常任理事国のアメリカ及び中国を含め、イラク、リビア、カタール、イエメン、イスラエルの7カ国が反対し、21カ国が棄権した。ICCというものの存在価値を尊重していながら、棄権票及び反対票を投じる国々(特にアジア)がいる。それらの国々の意見はICCの問題点を浮き彫りにするものであり、棄権する理由を検討する。また、常任理事国であり、大国であるアメリカや中国の参加は必須のものであり、これらの国が反対する理由も検討する。

インド(棄権)及びアジア諸国

 インドは戦争犯罪となる戦闘手段に大量破壊兵器、すなわち核兵器、生物兵器、化学兵器への言及を望んだ。ローマ会議前に作成されていた草案においては生物兵器及び化学兵器が含まれていた。しかし、規定採択に当たっては生物兵器及び化学兵器すらも削除されたことにインドは棄権票を投じた。

シンガポール(棄権)及びアジア諸国

 ICC規定においては最高刑が無期刑であり、死刑は科されない。これは近年のヨーロッパ諸国の人権思想によるものが強く反映されている。しかし、アジア諸国は極悪な罪に対しても一切死刑を貸されないということに疑問を投げかけている。

 この点に関しては、ICC規定においては死刑を排除するが、ICCに引き渡さず国内において死刑で処罰することを禁止するものではないという妥協点で落ち着いたが、欧米の哲学論とアジア諸国の応報論の対立が見える。

アメリカ(反対)

 ICCの自動的管轄権 [3] に関連して、ICCに処罰を求める場合に必要とされる関係国の同意で、アメリカは「犯罪実行地国」の他に「被疑者国籍国」の同意を必要とする案を提案していたが、規定は「犯罪実行地国」若しくは「被疑者国籍国」のどちらかが同意すればよいとしたため、アメリカは反対票と投じ、2000年に署名したが、2002年には署名の撤回を表明している。

 このアメリカの姿勢には犯罪者を処罰することより、自国民保護を優先する意図が見え、個人の重大な犯罪を裁くという国際法廷において、このような立場はICC自体の存在を否定しているといえる。

中国(反対)

 中国は「武力紛争の存在を人道に対する罪の構成要件にするべきである」という主張をしていた(この点に関しては反対票を投じる理由となったかは定かではない)。声明においては「裁判所は法的な事項について、国際協力の補完的な役割を果たす効果的制度であるべきであり、国家の同意が裁判所の管轄権の法的基盤にならなければならなく普遍的管轄権を認めることはできない」という立場をとっている。

 しかし、これを認めたら、国家主権を盾にした抜け道を作ってしまうことになるといえる。

参考文献



[1] @国際法上の犯罪を行ったものの刑事責任の追及、A国際法が刑罰を科して否ことを理由とする国際法上の刑事免責の不可、B国家元首若しくは責任ある政府機関として行動したことを理由とする刑事免責の不可、C道徳的選択が可能な場合における上官命令抗弁の不可、D法と事実に関して公正な裁判を受ける権利、E平和に対する罪、戦争犯罪、人道に対する罪の可能性、の原則を言う。

[2] 一致できなかった理由としては二つあるとされる。一つには、安保理が認定する侵略と個人の犯罪としての侵略は、形式的には別だとしても、侵略という一つの具体的な行動は同じ行為であり、安保理の決定を前提にしなければ、犯罪類型としての侵略の罪を据えることができないのではないかという問題であり、もう一方は、安保理という政治的機関が侵略の有無を認定することによって、個人の犯罪としての侵略の罪が成立するというのでは、裁判所の独立性から言っておかしいという法律論の問題があった。

[3] 締約国は、全ての対象犯罪について、ICCが自動的に管轄権を有することを言う。しかし、ICCが自動的に管轄権を有することと、絶対的にICCで裁くということは別のものであることを注意されたい。

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