経済統合とAFTA

経済統合

経済自由化への流れ

 第2次世界大戦前、各国の国内産業を守るため、特恵的関税地域の設立・強化、経済ブロックを形成していったが、第2次世界大戦中、世界的規模で各国が協力し、自由貿易の復活、ブロック経済の解消などを通じて世界貿易の拡大を図り、諸国民の経済的繁栄を実現することが不可欠であるという共通認識が現れた。そこで、1944年、ブレトンウッズ協定により、IMF(国際通貨基金)及びIBRD(国際復興開発銀行)の設立憲章を制定した。

戦後になると、貿易体制に関する具体的な提案として1945年「世界貿易と雇用の拡大に関する提案」をアメリカ国務省が発表した。これは国際連合の下に国際貿易機関(ITO)を設立し、関税の大幅な引き下げと特恵体制の廃止により、自由・無差別な貿易の拡大を図ることを骨子していた。1947年のジュネーブ会議において、関税交渉が進められ、その成果の効果を確保するための一般規定と、交渉の成果がGATT(関税及び貿易に関する一般協定)としてまとめられた。

GATTの基本目標は、公正で無差別の原則に沿って、国際貿易を拡大させることであり、GATTはその実現のために無差別に数量制限を撤廃し、関税を引き下げることに努めてきた。しかし、1980年代に入るとGATT体制の限界が明らかになってきた。一つはGATT体制そのものに内在する制度的問題、二つ目は国際経済の中で、GATT対象外の分野の比重が高まったことである。

このようなGATTの限界に対応しようとする動きの中から、1986年からの第8回貿易交渉であるウルグアイ・ラウンド交渉の成果として、1994年、世界貿易機関(WTO)の設立が合意され、戦後初めて協定に基づく世界貿易の発展に資する国際機関が発足することになった。

地域的経済統合への流れ

その一方で、1980年代後半から地域主義への動きが活発化した。地域主義への活発な動きの背景としては、

があげられる。

ウルグアイ・ラウンド交渉の難航・長期化で、貿易ルールの強化やいっそうの自由化を、とりあえず利害の一致する一部の国家間で導入することにより、域内貿易の拡大と経済の活性化を図ろうとする考え方が欧州で強まる。

また、アメリカはECの動きに経済ブロック化への懸念を抱き、GATT中心のグローバルな貿易中心の通商政策を転換し、NAFTAの形成と拡大を目指し、他国も、メルコース・AFTAなどの創設する動きが活発化した。

経済統合は、自らの経済成長が目的なのである。

地域経済統合の分類及び役割

自由貿易地域
加盟国のみで関税その他の貿易体制を撤廃し、加盟国以外の国に対しては共通関税を設けず、各国がそれぞれ自主性をもって対応する。
関税同盟
域内貿易制限を撤廃するだけでなく、非加盟国からの輸入に対して共通関税を設ける。
共同市場
貿易上の制限の撤廃に加え、構成国間の資本・労働など生産要素の移動の制限も撤廃。
経済同盟
共同市場を基礎として、構成国間での経済政策の調整がある程度実施される。
完全な経済統合
政治統合をも含む。

この分類によると、経済統合には二つの側面があり、

  1. 加盟国自らが経済的に成長しようとするため
  2. もう一つは非加盟国に関税を課す

ということである。

各国の第一の目的は、経済的利益を得ることであるといえる。しかし、経済統合の波及効果として、各国の関係緊密化による関係の安定、経済発展のからの政治的安定を求めているのである。また、NAFTAは初の途上国と先進国との自由貿易協定であり、低開発国の経済発展が実現されている。

地域的統合と世界貿易体制

 地域統合への努力は、実質的に域内の国家とそれ以外の国家間に差別をつけることになり、GATTの基本的約束の最恵国待遇とは相容れない。しかし、GATT第24条は、関税同盟と自由貿易地域を例外的に認めており、条件の主なものとしては、

  1. 関税同盟や自由貿易地域の形成や拡大によって、域外の国に対する関税障壁が高まることがないこと。
  2. 関税率が引き上がる場合、不利益を受ける域外の国と交渉すること。
  3. 関税率が引き下がる場合、利益を得る域外国が代償を提供する義務はないこと。

とされており、関税同盟や自由貿易地域が域内の貿易をスムーズにする目的で作られ、域外に対する障壁を高めることではない限り、GATTと両立すると考えられている。

NAFTAを例にあげてGATT原則との関連をみてみると、その要件に適合しているかどうかは、正式には検討されていない。しかし、明らかな逸脱がないこと、及びアメリカがウルグアイ・ラウンドの終了を待って、NAFTAを発効したことからも、NAFTAは世界自由貿易体制の補完的役割を担うとされている。

NAFTAは94年の発効以来、順調に機能していると考えられ、各国の目的はほぼ達成され、短期的な影響による被害はあったものの、大きな問題は発生していない。さらに、南米拡大も目標として掲げていることからも、世界貿易体制への過程であるという評価は正しいだろう。

NAFTA[1] は、1994年締結された地域的自由貿易地域を目指す協定で、加盟国は、アメリカ・メキシコ・カナダの三カ国である。NAFTAの特徴として、資本・サービスが自由化されること、労働者の移動については自由化されなかったことである。ちなみに、EU(欧州連合)は経済同盟を目指したもの(別項「EU経済(通貨)統合への過程」を参照)であり、対外共通政策を行い、労働者の移動の自由も確保されている。欧州連合は、「もっとも進んだ経済統合」と呼ばれることもあるが、経済統合の目指すゴールは多様である。

考察:経済統合・地域統合の意義

経済統合の地域安定への影響

  1. 経済発展による政治的安定(例メキシコなどの低開発国)
  2. 危機に対する地域的対処(例:通貨スワップ協定)
  3. 隣国との関係緊密化による地域的平和(例:EUの独仏)
  4. 途上国の経済発展を促すことによる南北経済格差の解消(例:NAFTA)

の4点があげられる。ここでは、各国が経済統合により、地域的経済安定を保とうと認識することが重要である。具体的に、経済統合によって得られる利益は、輸出時の関税コストの軽減、人の行き来が自由になることによる取引時間の短縮など様々である。

通貨統合の地域安定への影響

 通貨統合に見出せる利益には、

などが挙げられる。しかし、通貨統合というものは地域的なものであるために、世界経済というレベルにまで経済の安定をもたらすことができるかといえば、そこまでの意味のある政策とはいえない。

アジアにおける自由貿易の流れ

ASEAN(東南アジア諸国連合)

原加盟国は、タイ・インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポールであり、1967年、ASEANは政治的・経済的・社会的安定を目指して発足した。発足当初は、域内紛争や対立を背景に、第1の目的を域内の政治的安定においており、平和を求めて発足したため、

を基本理念とした「柔らかな地域主義体」であった。

1985年のプラザ合意後、日本企業は東アジアに新たな市場を求めて進出した。これを期に、東アジアは目覚しい経済発展をした。一人当たりGDPの上昇に伴い、東アジア全体で約4億人が貧困層から脱出したといわれる。しかし、地域主義の台頭する中、90年代に入ると、冷戦終結とともに、先進諸国の投資・貿易の対象が中国に重きを置かれるようになり、ASEANはこのような状況に危機感を抱き、更なる経済発展のために、以下の3つの対策を講じた。

AFTAがどのようにその後のASEANの経済発展に寄与したかは、後述する。

ARF開催の狙いは、政治的結束を内外にアピールすることにより、海外投資を呼び込むことである。当初、ARFは、域内及び東南アジア地域の安全保障体制の確立が目的であり、首脳会議で「東南アジア非核兵器地帯」に調印した。

現加盟国は、+ブルネイ・ベトナム・ラオス・ミャンマー・カンポジアであり、ASEAN拡大により、国際社会におけるASEANプレゼンスを強めようとしたのである。年一回の定例外相会議・閣僚会議・常設中央事務局を持っている。

AFTA(ASEAN自由貿易協定)

1993年、AFTAは外国投資を呼び込むために発足された。そのほかに、域内分業化により域内企業の国際競争力の強化、世界的自由貿易体制への準備の3点を主要目的として掲げている。基本条約は、1990年に締結された共通効果特恵関税協定(CEPT)である。

2003年までに、繊維・化学繊維など15分野の域内関税を0〜5%に引き下げ、数量制限・非関税障壁を撤廃することを合意(96年加盟のベトナムは06年、97年加盟のラオス・ミャンマーは08年までに撤廃)。また、1995年の第5回ASEAN首脳会議のバンコク宣言において、貿易自由化の対象に、金融・通信・観光・海運・建設などのサービス分野を加えることに合意している。

貿易の自由化は、競争力のない企業・産業の淘汰や雇用不安というマイナス要因もおこすだろう。しかし、長期的に見れば、市場統合効果による外資誘致や国際競争力のついた産業・企業などによる生産性向上が期待できる。

AFTAの課題

AFTAが発足し、域内関税引き下げによる、海外投資の増加を狙った。それは、当然のごとく域内各国の経済的相互依存関係を深化させ、これが、ASEAN経済統合への第一歩であるといえる。

しかし、未だASEANを経済統合体としてみるには、不完全な点が多く、

という点、さらには、

  1. 自国利益の優先
  2. 緩やかな政策協調
  3. 各国の裁量による例外の容認
  4. あいまいな意思決定プロセス

のような、ASEAN特有の協力体制が上げられる。

そして、何より、現段階ではAFTAの使用状況は極めて低いのである。しかし、1997年のアジア通貨危機を受けて、ASEANは再び変革を迫られており、その改革の中心となるのはAFTAであるといえる。

AFTAの展望

今後とも、AFTAの重要な役割は、

  1. 経済対話を保ち、ASEANの制度的レベルアップを図ること
  2. 中国の対抗勢力となること
  3. 「東アジア自由貿易圏」などの制度的核となること

である。

「東アジア自由貿易圏」とは、域内貿易率が低く、体外依存度が高いASEANに、日本やNIES、中国を加えて自由貿易圏を構想してみることを言う。そうすると、域内貿易圏は高まり、体外依存度は低下するのである。さらに、技術協力、金融支援の面からも経済統合の条件がそろうといわれている。

この考えは具体化され、2002年11月ASEAN+3(日本・中国・韓国)での「東アジア自由貿易圏」の創設への作業部会が、首脳会議で設けられた。ASEAN+3は、再び通貨危機がおこったときに金融支援を行うという通貨スワップ協定(チェンマイ・イニチアチブ)を合意するなど、現実に行動にも出ている。

この構想を軸にアジア経済安定秩序を検討することが望ましいと考えられる。

参考文献


[1] NAFTA条約第一章〔目的〕
(a) 商品とサービス貿易における障壁を除去し、国境をこえる移動を助長する。
(b) 自由貿易圏内の公正な競争条件を促進する。
(c) 加盟国領内での投資機会を大幅に増加する。
(d) 加盟国領内での知的財産権の適切かつ効果的な保護と実用を供与する。
(e) 協定の執行と適用のため、その共同管理のため、および紛争の解決のために効果的な手続きを創出する。
(f) 協定の便益を拡大し強化するための三国間、地域間および多国間協力の枠組みを確立する。

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