基軸通貨と円の国際化

本稿は、「基軸通貨」をユーロを主題として確認した上で、アジアにおける「通貨圏/通貨統合」の前提となるであろう「円の国際化」を検討する。

基軸通貨について

基軸通貨の存立基盤について検討し、ユーロが基軸通貨になる可能性について検討してみたい。

基軸通貨の定義と通貨の3機能

 基軸通貨の定義を調べてみると、「国際間の交換手段および価値貯蔵手段として信認され、国際決済および対外支払準備のため利用される通貨」(経済学辞典)、などがあり、基本的に国際取引に伴う決済に広く使われる通貨と定義されている。

 一般に通貨には次の3つの機能がり、第1は媒介機能、第2は価値表示機能、第3は価値の保蔵機能である。第1の媒介機能は通貨を媒介とした物々交換に例示される。第2の価値表示機能とは、モノやサービスの価値を通貨という共通の単位で表示できる機能を意味している。第3の価値の保蔵とは、通貨は将来にわたって価値を保つことができることを言う。これらの3つの機能全てを備えているものを通貨と呼ぶ。

通貨の通貨としての基軸通貨

 国内通貨と同じように、国際的な通貨として機能するためには、基軸通貨もこれらの3つの条件を満たしている必要がある。第1の媒介機能に関しては、物と物とを交換する際の媒介と同じように、違う複数通貨の通貨間での取引に際してこの媒介機能が重要になる。第2の価値表示機能に関しては、石油をはじめとする多くの一次産品がドル表示であることはよく知られている [1] 。第3の価値の保蔵に関しては、各国中央銀行が外貨準備として外国通貨を保有したり、民間企業が資金調達のための社債の発行を自国以外の通貨建てで行ったりすることが含まれる。

 ユーロが基軸通貨になれるか、あるいは、円が基軸通貨になれるか、といった議論の場合、基軸通貨の上記の3機能のうち、どの機能のことを意味しているのか、論者によってその重点の置き方は様々である。例えば「日本の貿易で円建て取引が増えれば、為替リスクを回避できる」という主張では、第2の表示通貨としての役割に重点を置いている。また「円高が予想される場合、国際投資家は円資産の保有を拡大する」あるいは「日本の短期金融市場を整備して円の国際化を進めるべきだ」という主張は、第3の価値の保蔵に重点を置いた議論である。しかし、基軸通貨には多くの側面があり、それらを総合して見なければ、基軸通貨としての適切な評価は難しいのである。

基軸通貨の本質は、媒介機能

 上で挙げた基軸通貨の3機能のうち、最も重要な機能は第1の媒介機能である。ある通貨が媒介機能を持てば、それを価値表示として用いるのは自然だし、価値の保蔵の手段として用いる可能性も高くなる。ただし、価値の保蔵手段として何を選ぶかに関しては、媒介機能(流動性)以外にも期待収益率やリスクの問題がある。国内の取引においても、価値の保蔵手段としては、通貨以外にも債権や、土地、絵画、貴金属、骨とう品など多様である。同様に、国際取引においても、価値の保蔵に関しては、リスク分散の意味から基軸通貨以外にも多様な通貨が用いられる。

 さて、この媒介機能で重要な点は、規模の経済が働くということである。つまり、何かの理由でA通貨の使用が多くの割合を占めるようになった場合、新たに市場に参加してくる人たちは、最も多用されているA通貨を使用しようとするだろう。そして、A通貨の使用が広まるに従い、今までB通貨を使っていた人たちもA通貨に切り替えてゆくだろう。結果としてA通貨がますます広く使われるようになる。

 実際、20世紀初頭には、米国の経済規模は英国のそれの2.5倍とはるかに凌駕していたが、当時、基軸通貨として使われていたポンドの地位は揺るがなかった。ポンドが基軸通貨の地位をようやくドルに譲ったのは第二次世界大戦後のことであるが、それは、第二次世界大戦によって、英国経済が壊滅的な被害を受け、大戦で世界の為替市場が遮断され、さらにブレトン・ウッズ体制によってドルの地位が制度的に確立されて初めて可能だった。このように一度確立された基軸通貨の媒介機能は、極めて堅固に持続される。経済規模や人口の大小などに多少差があるくらいのことでは、一度確立された基軸通貨の地位を他の通貨によって置き換えるのは極めて難しい。

3機能から見たユーロの地位

 通貨の3つの機能からユーロの役割を見てみよう。第1に媒介機能としてはドルが圧倒的である。ユーロが媒介通貨として使われるということは、ドルと第三国通貨との交換や第三国通貨どうしの交換の媒介としてユーロが使われることを意味するが、現状から見れば、前者はもちろん、後者に関してもユーロがドルの機能を代替する必然性はほとんど存在しない。

 第2に価値表示の通貨として考えても、当面はドルの優位は動かない。ただし、為替の表示に関して、円/ドルレートだけでなく、円/ユーロレートの表示も使われるようになってきているので、今後、こうした表示慣行が他の通貨に関しても広く用いられるようになる可能性はある。また、EUとの貿易取引に関しては、ユーロの使用が拡大するであろう。

 第3に価値の保蔵に関してだが、まず2000年の外貨準備に占める通貨の割合を見てみると、IMF加盟国全体でドルが68.2%、ユーロが12.7%、円は5.3%(IMF<2001>)と、ドルが圧倒的である。これは、ドルが媒介通貨としての機能を持つため、中央銀行が介入通貨として、ドルを保持しておく必要があるからである。しかし、民間使用を見ると、すでにユーロの使用がドルに匹敵するほどになっていて、その使用がリスク分散が目的であるのであれば、ユーロだけが突出して使用されるようになる可能性も少ない。そのため、今後は現状以上にユーロの使用が急拡大することも考え難い。

ユーロの基軸通貨の可能性

 基軸通貨が備えるべき3機能からユーロの基軸通貨の可能性をまとめると、次のようになろう。

  1. 既にドルが媒介通貨として機能している現在の世界で、ユーロがこの媒介機能を代替するのは非常に難しい。
  2. 価値表示の機能に関しても、媒介機能が抑えられると、媒介機能を持つ通貨が価値表示に使用されることが多く、ここでもドルの優位は続くと考えられる。ただし、EUと貿易取引の多いところは、その限りにおいてユーロを(契約などにおける)価値表示通貨として使うだろう。
  3. 価値の保蔵機能においては、リスク分散の要素も重要になるため、特に民間でユーロが活躍する余地は大きくなると考えられる。

ただし、現在においてもユーロは、既にドルに匹敵するほど資産保有の通貨として使用されている。リスク分散の目的から考えて、この面で今以上にユーロの使用が急拡大するとは考え難い。このように、ユーロは、リスク分散の意味から特に民間のポートフォリオを組む上で現状程度の重要度を持つ通貨ではあっても、3機能を備えたドルのような基軸通貨にはなれないであろう。仮にドルの基軸通貨としての地位が崩れるとすれば、それは、ドル以外の国内通貨によってドルが代替される可能性ではなく、国際協定の下で全く新しい国際決済用の人工的な通貨がつくられるときだと考えられる。しかし、これも現在の米国の国際政治力の下では、実現する可能性は限りなくゼロに近いのである。

3極通貨圏の可能性に関して

 最後に世界の基軸通貨が、将来、ドル圏、ユーロ圏、円圏などの3極に分かれるという見解については、「通貨圏/通貨統合」の話で、「基軸通貨」の話ではない。すなわち、前者では、国内通貨を自国発行以外の通貨に固定したり、置き換えることであり、後者は、各国が国内通貨や独立した金融政策は維持しつつも、貿易や資本の国際取引においてどの通貨を使用するかという話である。

 むしろ、貿易取引、資本取引がグローバル化している中では、地域ごとの基軸通貨の使用は意味を持たないであろう。しかも基軸通貨機能のカギとなる媒介機能には規模の経済が働くため、いずれかの通貨が媒介通貨として優位になると、他の通貨が媒介通貨として新たに参入できる余地は、ほとんど無くなる。以上の点から考えると、基軸通貨の基幹的な機能である媒介機能を持った複数の基軸通貨が地域ごとに使われる可能性はほとんど考えられない。

円の国際化

円の国際化の背景

 円の国際化はこれまでも80年代の金融自由化の流れの中等で議論されてきた。今日改めてクローズ・アップされている背景としては、

  1. 97年来のアジアにおける通貨危機の原因の一つがドルへの過度の依存にあったことから、アジアの国からも円取引の拡大を望む声があること、
  2. 99年1月からユーロ導入という国際通貨体制における新たな局面を迎えて円の国際通貨としての役割を向上させることを検討するよい機会であること、
  3. いわゆる金融ビックバンを通じて我が国の金融市場が内外にさらに開かれていく中で、円の役割強化を図る必要があること、が挙げらる。

円の国際化のメリット

 円の国際化の進展は、国際的な投資家や各国中央銀行等にとっての投資・運用リスクの分散化に資するとともに、アジアにおける円使用の拡大によりアジア経済の安定化ひいては日本経済及び世界経済の安定化にも資すると考えられる。具体的には、

  1. 例えば通貨バスケットにおける円のウェイト・アップによるアジア経済の安定、
  2. 本邦企業による貿易・資本取引における為替リスクの低減、
  3. 円建て金融資産に対する需要増加による我が国長期金利低下、といったことを通じて、我が国経済の安定に資することが期待される。

円の国際化が進んでいない背景

 最近に至るまで円の国際化が進んでいない背景としては、まず日本経済に対する信認の問題が挙げられる。外為審答申が指摘しているように、「円が国際通貨として広く受け入れられていくためには、まず何よりもその前提条件として、不良債権処理による金融システムの速やかな安定と景気の回復による日本経済に対する内外の信認回復と向上、そのための中長期的なマクロ経済バランスの回復が不可欠である。」

 また、日本経済との結びつきが深いとされるアジア地域との関係を見ても、アジア経済全体に占める日本の比重は、時系列でも、他の先進国と比較しても、必ずしも際立っているわけではないことに留意する必要がある。

 さらに円の国際化が進んでいない背景としては、貿易・資本取引等の国際取引の通貨選定に係る制度・慣行上の問題から、円の利用に対するニーズが依然として低いということが指摘されている。

国際取引の通貨選定に係る制度・慣行上の問題の検討−新たな展開の可能性−

「経済合理性」に基づく通貨の選定

 実際の取引においてどのような通貨を選定するかを決定する要因は経済合理性にあり、ドル利用を前提とした制度・慣行が確立している以上、各個別経済主体はそれに合わせた経済合理的な経済活動を選択することとなる。実際、「円建て取引に切り替えると、結果的にコスト・アップになる」ことを円建てにできない理由としてあげている民間業者も多い。

 しかしながら、通貨危機以降、アジアの多くの国は事実上のドル・ペッグからより柔軟な為替制度に移行している。また、日本においても金融・資本市場の整備等、円の利便性の向上のための環境整備が進められているほか、日本企業の経営戦略もグローバル化が進む中で利益、コスト、リスクをより重視する方向に変化している。このように内外の経済状況が大きく変わろうとしている時期においては、従来の制度・慣行を見直し、「経済合理性」について新たな角度から検討することが適当である。この点で、近時民間企業の中でドルを当然のように使っていたこれまでの慣行を見直し、円使用の可能性を探求する機運が高まっていることは注目に値する。

 我が国の輸入に外貨建てのものが多い背景として、一般に外国の輸出者が利益の安定を重視し、自らのコストのベースとなる通貨での契約を望むことが指摘されている。逆にいえば、輸出者が多少の利益の変動は覚悟しても、日本市場でのシェアを拡大するために円建てでみた競争力を重視すれば、契約通貨として円を使用することに積極的になることが期待される。

円とアジア通貨の直接為替市場の不存在

 外為審答申では、アジアとの貿易(特に輸入)において円建て比率が高くない理由の一つとして円とアジア通貨間の為替市場が成熟しておらず円の使い勝手が悪いことを指摘している。現在、円とアジア通貨の為替相場は、裁定されたクロスレート、すなわち、対米ドル為替相場に基づいた計算によって導かれている。ドルを媒介とする取引にはコスト高や資金決済リスクといった問題点があるにもかかわらず、直接取引市場が成立しない背景としては、円建て取引量、円との為替取引量が多くないこと、通貨の非国際化策をとっている国があること、等があげられる。いずれにせよ、直接取引市場が成立するためには当該通貨間の取引量が多いことが必要であり、円とアジア通貨との為替取引量が多くない現状では、円とアジア通貨の直接市場がビジネスとして成立する素地は大きくないものと思われる。先ず円建て取引量の増加に向けた努力を踏まえつつ、直接取引開始の方策を探ることが必要である。

アジア諸国の為替制度

 アジア地域では、国際取引におけるドル建て比率が高いことから自国通貨の対ドル・レートの安定が重視され、通貨危機以前は、事実上ドルとリンクした為替制度が多くの国でとられていた。このため、円の対アジア通貨レートは不安定となり、取引において円が使用されない理由のひとつとなっていた。

 この点については、米国のみならず日本とも密接な経済関係にあるアジア諸国がドル・ペッグ制を採用することは適当ではない等の通貨危機の教訓を踏まえ、通貨危機以降、アジアの多くの国はドル・ペッグ制を離脱し一般的にはより柔軟な為替制度に向けて移行してきている。今後、アジア諸国としては、域内経済がますます緊密化する中で、域内通貨の相互安定を図るための新たな為替安定メカニズムを検討することが必要となっている(通貨バスケット制など)。

国債の市場流動性の問題

 通貨の国際化を考える上で市場流動性が高い資本市場(我が国の場合、特に国債市場)を備えているかどうかは、重要な要件となる。

慣性の存在

 国際取引における使用通貨には一種の慣性(イナーシャ)が働くことについては、既に外為審答申で指摘されている。すなわち、取引コストが低く利便性の高い国際通貨を皆が使うことによってさらに取引コストが低下し、利便性が高くなる。ドルの利用を前提とした制度・慣行が確立している現状の下では、ドルの優位性は所与のものとなる。こうした国際通貨の慣性は、円の国際化に対しては逆の効果を(円を使わないから取引コストが高くなり、そのため更に円を使わなくなる)をもたらし、国際通貨体制の安定化、アジア諸国の経済安定への貢献等のメリットがあると考えられるにもかかわらず、円の国際化が進まないこととなる。このような慣性の存在を前提とすれば、米ドルから円に取引通貨を変更するためには、以上述べたように資金運用・調達の利便性の向上に向けた金融・資本市場の環境整備等を一層推進するとともに、官民の関係者がこれまでの制度・慣行を不断に見直し円の利用について新たな角度から検討する等、長期的で粘り強い取組みが必要となる。

参考文献


[1] 製造業製品の貿易取引契約においてどの通貨建てにするかについては、経験的にいくつかの傾向が知られている。1取引当事国の経済力に大きな差がある場合には、大国の通貨が使われる傾向がある。2大国同士の取引では輸出国側の通貨建てで契約される傾向が強い。そして、3日本は以上の例外であり、小国に対する輸出であってもドル建てにする傾向がある。

history of update
ver.1.10 2004.01.11 added table of contents.
ver.1.01 2003.11.27 opened to the public, modified.


今日: 昨日:
since 2008.09.13